山田オリーブ園 国内で初めてオリーブの有機栽培に成功しました。

オリーブの品種の特徴【ミッション種】/耐病性/実の生り方/性格/日本への道/生産の現状など雑談

 

うちの畑に植えているオリーブの約半分はミッション種である。小豆島では最もメジャーな品種で塩漬けにできて香りの良いオイルもとれるのが特徴。育ててみると、小豆島の基本4種(ミッション、ルッカ、マンザニロ、ネバディロ・ブランコ)の中では、水気に弱く、たんそ病などになりやすく、移植のダメージにも弱い。また、まっすぐ縦に伸びるので低く仕立てるのが難しい。ひょろっとした神経質なアメリカ人というイメージがいつのまにか僕の持っているイメージになっている。でも他の3種より上品なところもあるので、手は掛かるけど一番好きなのかもしれない。

小豆島の有機オリーブ畑

 

まあ、そういうミッションであるが興味をひかれる記事があった。 Are Mission Olives Actually Picholine Marocaine? ミッションはモロッコ・ピショリーヌ種だったのか?という記事で、ミッションのDNA鑑定をしたらモロッコのピショリーヌ種由来だったという内容。 これまで、僕はオリーブ公園に掲示されている「アメリカのカリフォルニア州で発見された、スペイン系品種。」という文章からアメリカで原種が生まれたものと勝手にかん違いしていた。しかし、この文章をちゃんと読むと、スペイン系の品種だけど、アメリカで「発見」されたと書いてある。「発見」というのは都合のいい言葉で、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したみたいに、前からあったけど、誰かが認識し始めたときに使われる。つまりスペインあたりからやってきたらしいオリーブに「ミッション」使命というアメリカ人が好きそうな名前を付けたのだろう。 そんなことを考えていたら、うちの畑のミッションくんはどこからやってきたのかが気になってきた。確か、小豆島に100年前くらいにやってきたミッションの原木がオリーブ公園にあったはず。つまり、その原木から挿し木で増やしたものが、うちのオリーブであるはずなのだ。

 

ミッション

 

オリーブ公園に行ってみる。さすがに立派な老木である。何気なく下の説明文を読んでいると少々ひっかかるところが。どうも原木つまりアメリカから最初にやってきた1本目の原木ではなく、その木から挿し木で殖やした「2世」のようだ。「2世」は原木と言わないのではないかと突っ込みたくなるが、まあ挿し木で殖えているのだから親子の関係でなくクローンなので原木と言えなくもない。しかし、そうすると最初の1本はどこに行った?

 

ミッション     ミッションミッション

 

この原木の説明を読んでみると、もひとつ新しい発見が。1908年に植えられーブアナアキゾウムシによって枯れてしまっていたのだ。オリーブ公園の展示場の端っこに原木が置いたあった。最初に植えた苗木は、519本もあって、しかもミッションだけでなくネバディロ・ブランコと一緒に植えたとある。まあ、少し考えてみたら分かるけど、100年前くらい前にアメリカから1本のミッションがやってきて、その木が殖えていったなんていうのは現実的じゃない。どれくらい根がはって実を付けるか分からないのだから、500本くらいは持ってきただろうし、ミッションだけだと受粉しないことぐらいアメリカ人が教えてくれるだろうから受粉樹のネバディロも最初から一緒じゃないと困る。そうすると、ホントはオリーブ公園のミッションの原木の横にはネバディロの原木という木も夫婦みたく植えとかないと不公平な気がしなくもない。

 

日本にやってきてからのミッションは分かったけど、本題はアメリカでミッションという名前が付けられるまでのルーツが知りたい。 図書館やネットで調べていると少しずつ新事実が見えてきた。例えば、1767年にアメリカの西海岸に後にミッションと呼ばれる品種のオリーブを持ち込んだ聖フランシスコ教会のフンペロ・セラ神父が苗木を調達した場所はメキシコだったといったことなど。メキシコのピショリーヌ種とモロッコやフランス、イタリアのピショリーヌ種の関係などなど興味はつきない。

 

 

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